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た ち⾃⾝ をも 預 けるの だ から。」
I V . Bb. Š ebek: 全 体主 義的 対 象
Michael Š ebek (1996 ; 1998)により定義された( 内 的そして 外 的)「 全 体主 義的 対 象」と い う 概念は チ ェ コ ス ロ バ キ アの 全 体主 義的共 産 主 義 政 権 の 下 で⾏われていた分析作 業 に 基 づ いている。この概念は 外 的な 全 体主 義的 権 ⼒ を ⼼ 的 内 界 の 全 体主 義的な ⼒ 動とを結び つ けるのに 役⽴つ 。 後 者は 部 分的に 内 在化された 蒼 古 的な無意識的 世界 の⼀ 部 として み なさ れている。 全 体主 義 政 権 と 圧 制者が ⼈類 の 歴史 の中に存在する限り、 全 体主 義的 対 象の 世 代間 伝 達 が起 き やすい状 態 が 維 持 されることを Š ebekは 記 している。 Š ebek (1998, p.201 7 ) によると、これら 対 象の「 万 能 」「 全 知 」そして「 全 能 」とい う性 質 は 原 始 的理 想 化の 過 程̶ これにはトーテ ム 崇拝 、さま ざ まな神、 統 治 者、 独 裁 者、 カ リ スマ性 のある 権威 的な 指 導 者、 政 治 的に 極 端 な動 き や思 想へ の 傾 倒 も含まれるの だ が̶ を 明 らかにする。 対 象の 破 壊 的で 虐 待 的な 性 質 は、これら 様 々 な 形式 の理 想 化で 隠 されていたり、 粉飾 されたりし ている。 Š ebekは 全 体主 義的 対 象は 必 然 的に「 曖昧 模 糊 」 だ と 提 唱 した。 つ まり 保護 してくれると 同 時 に 貫 通 する( 攻撃 的)。そして ⼼ 的 内 界 内空 間を 独 占 し、 乗 っ 取 り、 操 作する 機能 が あり、 内 的に制 圧 し、 不 ⾃由 にさせる。そのよ う にして 全 体主 義的 対 象は 成 熟 へ の発 達 を 妨 げ、 独 断 的なイ デ オ ロ ギ ーの 形成 を 進 め、 ⾃ 発的な 創造 的思考を 妨 げる。 Š ebekはさら に、無意識的 ⾃我 に ⼤部 分存在する 全 体主 義的 対 象の レ ン ズ を 通 して ⼈ が 世界 を 認 識する と、 彼 / 彼 ⼥ は 独 ⽴ した 対 象を ⾒ るのではなく、 ⾃ 分 ⾃⾝ の 所有物 としてあるいは 操 作 物 と してしか 対 象を ⾒ ない。これらの 対 象は分 裂 排 除 された 破 壊 的な ⾃⼰ の⼀ 部 として 機能 す るか 厳 しくサ デ ィ ス ティックな超 ⾃我 に 配置 される。それらは 猜疑 的な思考の 基 として 投 影 されることもある。 Š ebekによると、 様 々 な 形態 の 全 体主 義的 対 象は 陰 性治療反応 や 治療 的⾏ き 詰 まりの⼀ 種 を⽣ じ させる。それらは ⼤部 分無意識に 留 まり、このよ う に 認 識され ない 形 で神、 幽霊 、 悪 魔 、そして モ ン ス ターとして存在する。 つ まり無意識の無 時 間的 対 象であり、 夢 、 空想 、⾏動、そして意識的 空 間にまでも ⼊ り 込ん でくる。まとめると、 Š ebekはこのよ う な 対 象は 世界 の 基本 的 不確 かさ(に 対応 するため)の無意識的 構造 を象徴 しており、 外 的 救 世 主 、または ポ ピ ュ リ ズム 的、 全 体主 義的、そして 原 理 主 義的な 指 導 者 へ の 服 従 に つ ながると 提 唱 している。
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