IPA 地域間精神分析百科事典

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析家にとっては「患者の 話 に ⽿ を 傾 けているあい だ 、こ ち らとしても、こ ち らの無意識的 思考の 流 れに ⾝ を ゆだ ね ているの だ から、こ ち らのいろ ん な表 情 が、患者に解釈の 材 料 を 与 えたり、患者のもたらす 報 告 に 影響 を 及 ぼ したりすることがないよ う にしたい。」 ( F reud, 1913, p. 13 4 )。 百 年経過 し、 蓄 積 された 経 験 から 私 た ち はこれらの 勧 告 が 妥 当 であると ⾔う ことがで き る。 寝椅 ⼦ の使⽤は、患者が ⾃⾝ の ⼼ 的活動に集中することを 促 進 し、 暗 に ⼼ 的 退 ⾏を 可能 にする、 ひ いては連 想 の つ ながりの中で無意識的 空想 と 葛藤 の 表 出 が現れることを 可能 にする。 W innicott(1955)は分析的 設 定を、発 達 が 促進 される よ う 、発 達 上の 失敗 と 外傷 から⽣ じ る 障害 が表現され、理解され、解釈される状況を 提供 するものとして理解した( 下記 、 設 定と 退 ⾏ 参 照 ) 。 時 間。 4 5分ないし50分間、 週 3 回 から5 回 の間の ⾼ 頻 度 の セ ッ ショ ンで 構成 される。そし てそれ ぞ れの患者が 固 有 の 期 間 必要 となるので 全 治療期 間に つ いて 決 定するのは 困難 だ が、 通 常 何年 もかかることとして 知 られている。 ⼼ 的⽣活に つ いての、とりわけ 全 患者に おける 原 始 的そして精神 病 ⽔準 に つ いての理解が ⼤き くなるに つ れて、精神分析の 期 間は より⻑くなっている。 今 ⽇ 、 セ ッ ショ ンの 頻 度 は議論されている 問題 である。 セ ッ ショ ン 数 は関連しないとす る分析家もいれば、 重要 と考える分析家もいる。 前 者は、 問題 となるのは分析家の 態度 と 分析的 機能 あるいは「 内 的 設 定」であると考える。 他 の分析家はある 特 定の患者と分析的 機能 そして 適切 な 内 的 設 定を発展させるために 濃 密な関 係 が 必要 で ⾼ 頻 度 の セ ッ ショ ンは 不 可 ⽋ の 要 素 と考える。 彼 らはまた、 ⾃由 連 想 を 通 してもっとも 深 い ⽔準 まで ⾃ 分の ⼼ を 探索 し、なによりも分析家の解釈を ワ ーク ス ルーするためにこの 設 定は患者にも ⽋ かせな いと考える。 セ ッ ショ ンの 頻 度 に つ いて、 F reudはこのよ う に 述 べ た。「 私 が患者を 診 る のは、 ⽇ 曜 ⽇ と 祝 ⽇ をの ぞ いて 毎 ⽇ 、 つ まり 普 通 なら 週 に 六 回 とい う ことになる。 症 状が 軽 い 場 合や、かなりな 程 度 まではか ど った 治療 を 続 ⾏する 場 合には、 週 三 回 の 治療 で じ ゅ うぶん である。それ 以外 は 時 間を 切 り 詰 めるのは 医 者と患者双⽅にとって 益 にはならな い。 [ … ] 分析作 業 の 回数 が 少 ないと、患者のリアルタイ ム の 体 験 に 遅 れをとってしま い、 ケ アが現在との接 触 を 失 ってあら ぬ 道筋 に 押 しやられるといった 危険 も 出 てくる。」 ( F reud 1913 SE: 12, p. 12 7 ) ⾼ 頻 度 の セ ッ ショ ンは ⼗ 分 条件 とはいえないが、 多 くの分析 家にとってそれは 必要 条件 だ 。しかしながら、これは 他 の精神分析的 技 法 の 他 の 要 素 に 付 随 するものである べきだ 。その 要 素 とい う のは分析家の 解釈 とともに患者と分析家の 原 初 的精神 病 的 ⽔準 を含む転移そして逆転移 へ の 注 意 である。 その 他 の 外 的 条件 。 分析家の オ フ ィ ス は分析家のパー ソ ナリティの⼀ 部 を ⽰ す 明確 な 特 徴(家 具 、 装 飾 、 部 屋 の 雰 囲 気 な ど )をも つ 。分析家の ⾝体 もまた 設 定の⼀ 部 である。 Enid Balint (19 7 3)は ⼥ 性 の分析家による ⼥ 性 の分析に つ いて 書 いているが、無意識的 ⽔準 において分析家の 部 屋 は ⺟ 親 の ⾝体 とい う 意味をも つ と ⽰ 唆 している。Lemma (201 4 )は

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