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エナクトメントは間主体システム・アプローチの中心でもある。この方法は 1980 年代後 半にRobert Stolorowらによって発展し、治療に対する関係論的アプローチの対人的な側 面を明らかにした。間主体的アプローチではエナクトメントは解離された関係的状態から 発するとみなされており、早期に神経系にエンコードされた患者の経験と外傷からの対人 的なコミュニケーションを示している。間主体性学派は、例えばBeatrice BeebeとFrank M.Lachmann(2002)による神経科学的な研究や、乳幼児や小児と親の非言語的なコミュニケ ーションについての研究の影響を受けている。 イスラエルの分析家で、米国に拠点を置くイェール大学トラウマ研究チームの主要メン バーであるIlany Kogan(2002)は、ホロコースト生存者の子供たちのエナクトメントを調査 した。彼女は「彼ら自身の生活の中で具体的な行為を通して両親の経験を再生するという衝 迫」(2002,p.251)といった用語を定義した。このことは内的な生活でいかに情緒的な物語が 意識から隠蔽され得るのかをはっきりと示す臨床的に重要な証拠だ。外傷の世代間伝達、 Freud の対人的な人間の無意識的コミュニケーション理論、そして―彼女は述べてはいない にしても―Hans Loewald (1975)の精神分析は演劇―この場合は悲劇―の模倣のようだとい う考えがここには取り込まれている。Kogan は「エナクトメント」の使い方をこの点でその 他と区別している。例えば Jacobs(1986)とは対照的に患者と分析家の相互交流の即時性に 特に焦点を当ててはいない。彼女の概念は Freud の行動化とアクティングインの混合物と、 Sandler(1978)と Eshel(1998)の現実化により似ている。彼女は「ブラックホール」、すなわ ち精神の中核にある意識的な情報の裂け目であるにもかかわらず空虚では ない ような裂け 目(Auerhahn と Laub(1998)のホロコーストの「空虚な循環」の論文、および重度の外傷につ いてのその他の論文を参照のこと)と関連付けて(p.225)エナクトメントの用語を用いる。 Loewald(1975)は、心的な不在がエナクトメントには本質的に備わっており、それは精神分 析で発見することができ、患者の分離、成長と自律性を促進すると述べる。この点で Kogan は Loewald に近い。 Kogan は臨床例と共に以下のように彼女の考えを示している。青年期の拒食症(両親の飢 餓のエナクトメント)の女性で、患者の父はユダヤ人大虐殺で死んだ最初の妻と子供の存在 を隠していた。患者は妻と子を捨てた 31 歳の男性と結婚した。患者は全く気付いていなか ったが、彼女がこの男性と結婚することは父の状況のエナクトメントであった。精神分析で は、患者は、図らずも、大切にしていた子猫を終日放置してしまった結果、その子猫は死ん でしまった。子猫は暑すぎる浴室に取り残されていたのだった。後に彼女はガス漏れをおこ したまま寝室に寝に行ったことがあった。その時彼女は父の経験についての意識的な知識 は持っていなかった。被害者と加害者との多様な無意識的同一化と、そのほかの彼女の中で 作動している自己処罰に気付くために転移を用いた作業がなされた。ついには家族の物語 が語られるに至った。
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