IPA 地域間精神分析百科事典

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たらした患者たちに対する、それ⾃体が治療的な⼒を持つものとしての設定の決定的な重 要性である (1955)。そうした患者は分析治療内で深い退⾏を必要とし、そこにおける⾝体 的設定や分析家の⽣きた存在が、(真の)⾃⼰の健康な発達が⽴ち現れるのに必要な促進的 環境を提供する。分析家が適応する必要のあることの⼀部に、早すぎる解釈を控えることが ある。 Melanie Klein (1952, p.55)の定義では、治療空間とは、転移によって⽀配され、被分析者 と分析家の相互交流の「全体状況」と⾒なされるものである。そこでは解釈が、患者と相互 交流するための分析家の主要な道具であると⾒なされる。Freud に賛同しつつ Klein が作り 出そうとしたのは、良い内的対象と悪い内的対象の両⽅の投影が―⾃我の諸部分と同じく ―分析空間の中に⾃由に現れてくるような、客観的な空間であった。Winnicott が描写した のは、Klein が確⽴したものとは異なる種類の設定であった。Klein が治療空間において 客 観性 objectivity を求めるのに対して、Winnicott が追求するのはまったく異なる空間であ る。それは、「信頼性 reliability」を通して被分析者の 主観性 subjectivity −その空間が存在 しているという患者個⼈の感覚に沿っており、それを侵害しないようにしているという意 味での主観性−を促進する雰囲気を作り出すような空間である。「分析の設定は、早期およ び最早期の⺟親の養育技術 mothering techniques を再⽣産する。設定は、その「信頼性」ゆ えに、退⾏を招く」(Winnicott, 1955, p.286)。Winnicott の主張は、ある患者たちにおいて は、発達の最早期段階への退⾏を必要とする、原始的な「無統合」状態が存在するのだ、と いうものである。この退⾏を通して被分析者は、安全で感度の⾼い環境を作り出す分析家と ともに、他の解決策を⾒つけるために⾃⾝の発達上の歪みや固着に直⾯することができる。 こうして被分析者に「⾃信 confidence を与える設定が提供」(Winnicott, 1954, p.287)され、 「患者の依存への退⾏」(同上)が可能となるのだが、それは続いて早期の発達過程を再び 始めることのできる健康な依存なのである。興味深いことに、Laplanche の「空っぽの hollowed-out」転移という概念に類似しているのかもしれない。この転移もまた、起源̶ 早 期の養育者の謎めいた欲望の起源̶ へと退⾏するものである(Laplanche, 1997, 2010)。 その他の分析家たち、例えば Etchegoyen (1986)は、設定は退⾏を作り出すように設計さ れたわけではなく、退⾏を発⾒しコンテインするよう設計されたのだと考えている。Klein 派のメタ⼼理学においては、退⾏は「⼼的退避」(Steiner, 1993)の⼀形式と⾒なされる。す なわち退⾏は設定の産物なのではなく、分析設定が提供する特定の作業条件において⽴証 される、患者の病理なのである。

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