IPA 地域間精神分析百科事典

IPA 地域間精神分析百科事典

内容

⽢え ....................................................................................................................................... 2 コンテインメント:コンテイナー‐コンテインド................................................................ 16 逆転移 .................................................................................................................................. 32 エナクトメント .................................................................................................................... 66 対象関係論 ........................................................................................................................... 87 設定(精神分析的) ........................................................................................................... 188

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⽢え

三地域エントリー

地域間コンサルタント:衣笠隆幸(日本、北米)、 Elias M. da Rocha Barros (中南 米)、 Arne Jemstedt (ヨーロッパ) 地域間連携共同議長: Eva D. Papiasvili (北米)

Ⅰ . 導入的定義

甘え は、一般的に日常的に使用される日本語の言葉である。それは、 甘える という動詞の 名詞形である。どちらも「甘い味」を意味する形容詞、 甘い から派生している。 甘える は、 「得る」や「獲得する」を意味する動詞「 える 」と 甘い の結合である。それゆえ、 甘える の 元々の意味は、文字通り、甘いものを得るということである。一般的には、 甘える は、寛大 さを引き出し、望んだものを手に入れるために、子どものような、依存的なやり方で振る舞 うことを言う。望んだものとは、愛情、身体的親密さ、情緒的あるいは実際の援助、要求へ の同意といったものである。それは、わがままであることをアピールする行動であり、ある 程度のなじみ深い親密な近接を想定している。典型的には、乳児や子どもが、自分の願望を 認めてもらうために、母性的な人物や世話をする人に愛らしく依存する方法で関わるので あろう。 甘え と 甘える 行動は、なじみのある環境や子ども時代に限らず、日本人の対人間の交流 において見受けられる。これは、親密な個人的友情、カップル関係の親密さ、拡大家族、 同級生やチームメイトのような密着した小グループの中で生じるかもしれない。また、教 師 / 生徒、上司 / 部下、先輩 / 後輩といった仲間のような権力や地位の差のある関係において も認められる。対人関係の状況により、 甘え という現象は、関係性の強さや健全さの意味 を表わすものとして広く受け入れられている一方で、人の未熟さや自分勝手さ、権利の感 覚 、 社会 に対する認 識 や常 識 の 欠如 として ネガティブ にも 理解 されている。 The North American Comprehensive Dictionary of Psychoanalysis において、 Salman Akhtar(2009) は、 甘え を「 断続 的に 繰 り 返 される、文 化 的に形 作 られた交流を意味する日本 の言葉であり、そこでは 礼儀 や形 式 といった通常の 規則 が 猶予 され、人々が 互 いのために愛 情深い自 我 の 支 援を受け 取 ったり 与 えたりする」と定義している( p.12 )。この定義は、 土 居 健 郎 の( 1971/73 )言葉の定義を元にしており、 Daniel Freeman(1988) によって、自 我心

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理学 用語を用いて「 相互 交流における自 我 のための 相互退 行であり、 両 方の 参与者 の 漸進 的 な 精神内界 的 成 長と 発達 に 資 することでそれらを 満 たすものである」と 更 に拡 張 されてい る( Freeman, 1988,p.47 )。日本の 精神 分 析事 典の 編集者 (小 此木啓吾 、北 山修 、 牛島 定 信 、 狩野 力 八郎 、衣笠隆幸ら 2002 )もまた、 土居 の定義に 基づ いており、 甘え の力動的 基礎 に 含 まれる 前 言語的に 根ざ した情緒的依存の 複雑 さを 指摘 している。 ヨーロッパおよ び 中南米におけるどの IPA 言語による 辞書 や用語 辞 典にも 甘え は 掲載 さ れておらず、この用語は、 今 に 至 るまで、広く 精神 分 析 的な関係 者 に ほぼ知 られることはな かった。この 項目 は、上 記 のす べ ての出典を元にし、拡 張 するものである。

Ⅱ . 概念 の 発展

心理 的現象として、 甘え の 概念 は 土居 健 郎 の 1971 年 の 『 甘えの 構造』 の出 版 によって 紹 介 され、強 調 された。この本は、 1973 年 に 西洋 の 読者 のために 翻訳 された。 彼 は、日本 社 会 と 臨床場面 における 様 々な 甘え の行動を 描写 した。そして、日本人の 心理 を 理解 する中で、 甘え という 概念 の 基 本的な 重 要性に つ いての 考 えを 発展 さ せ た。 彼 は、 甘え を「依存あるい は情緒的依存」と 訳 した。そして、 甘える を「人の 善 意に依存し 前提 とすること」( 1973 ) を意味すると定義した。 彼 はそれを「 無 力さと愛されたいという願望」そして「愛されたい という 欲 求」の表現を 示 していると 考 え、それを依存 欲 求に同 等 であるとみなした。 彼 は、 母親に対しての関係における乳児の 心理 の中にその 原 型を見る。乳児と言っても 新 生児で はなく、母親が 独立 した存 在 であると 既 に認 識 した乳児である( 土居 1973 )。後の 著作 で、 土居 ( 1989 )は 甘え の力動的定 式 を拡 張 している。 「甘え」 概念 に つ いていま一 つ重 要な 点 は、「甘え」は愛されたい 欲 求が 満 たさ れて 満足 する状 態 を意味するとともに、そのような 欲 求自体を意味することがで きることである。というのは甘えの 満足 に 必 要な 相 手の 協 力はい つ も 期待 できる とは限らない。したがって甘えが 満 たされていない状 態 を表現するいく つ もの日 本語が存 在 するが、そのような状 態 をも 端 的に甘えと 称 することがある。という のは甘えが 満 たされている際よりも 満 たされていない 場 合の方がはっきり 欲 求と して認 識 されるからである。このような「甘え」の語の用法に関連するが、甘え にはたしかな受け手がいる 素直 な甘えと、そうではない 屈折 した甘えの 二種類 が 存 在 することになる。 前者 は 幼 い子 供 に ふ さわしく、 無邪気 で、 落 ち着いている が、後 者 は子 供 っ ぽ く、わがままで、要求がましい。 簡単 に言え ば 、いい甘えと

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わるい甘えである。 ・・・ ( 土居 1989 p.349) (「甘え」 概念 とその 精神 分 析 的意 義)

甘え 、すなわち情緒的依存が、日本人の 心理 を 根 本的で 独特 な方法で 区別 するという 土居 の 主張 は、 熱狂 的に受け入れられたが、 懐疑 的な 批判 にもあった。 次 のような議 論 を引き 起 こした。どのような 特 定の方法で日本人の 心理 を 考 える べ きなのか ?土居 は、日本人の性 格 は 基 本的に依存的だということを 提唱 しているのか ? 甘え という 概念 は、現行の 心理学 的、 精神 分 析 的 理論 や 臨床 にどのように関係しているのか ? 甘え は、 普遍 的な人の 発達 の 理解 にどのように関係しているのか ? 甘え という 概念 は、 精神 分 析 的 理解 の 理論 や 臨床 におい て、 具 体的にどのような 新 しい 発展 に 寄与 するのか ?

Ⅲ . 社会 ― 文 化 的 視点

Erik Erikson (1950) は、人の 心理 的 成 長と 発達 が 進 行する間、 多様 で 特有 な文 化社会 的 影響 が 如何 に 適応 状況に 異 なる結 果 をもたらすのかを 記述 した。 彼 は、 フ ロイトの生物 学 的 な 基礎 をもった 心理 性的 発達 の 段階 をエ ディ プ ス葛藤 の 解決 を 超 えた、人の 発達 の 心理社 会 的 段階 を 含 める方へと拡大し、 ラ イ フ サイ ク ルへと 展開 した。 土居 の 甘え の 概念 と日本人 の 心理 の 特異 的な性 質 を 理解 するうえでの 重 要性は、この文 脈 でも 評価 される。 多 くの 社会学者 や 比較 文 化 的 観察者 は、日本の 社会 と日本人の 心理 的 適応 の 特異 性に つ いて 述べ ている。 土居 の 甘え の 概念 は、この議 論 に 別 の 観点 を 加 えた。日本の 社会 と文 化 に 特異 的なものとして 記述 されたいく つ かの 重 要な 特徴 は、 以 下のものを 含 んでいる。

1.階 層 構造 的に 組織 化 された 社会 的関係

2 . 個人の 区別以 上のグループ 志向

3 . 公私 の分 離 、 思 考 、感情、行 為 における 内 と 外 の関係

4 . 恥 ( 外 の 判断 によって生じる)と 罪 ( 内 的な 判断 の表出)の強 調

5 .葛藤 の 回避 と 調 和 の 重 要性

6 . 乳児 期 や 早 期幼 児 期 の寛大で 反 応 の 良 い、寛容な親の 態 度の後、後 年 には、 次 第 に 厳 格 な 社会 的 役割 の 割 り 当 てと行動のへ 支 配 が 続 くこと

Ruth Benedict (1946) や 歴史 家の Edwin O. Reischauer (1977) のような文 化 人 類学者 に

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よって広く認 知 され、 注 意深く 観察 され、 海外 でもっとも 有 名な日本の文 化 人 類学者 である 中 根 千枝 によって 明確 に 述べ られているように( 1970 )、 ほ とんどの日本人の関係の 縦 構造 の性 質 は、 偏 在 している。それに関連し、か つ 絡 み合って、上 記 に引用した 特徴 は、 堅固 な 政治 と 社会 経済 階 級の 階 層 化 のあった 4 世 紀 にわたる 封建制 度の文 化 的およ び心理 的 影響 である。 西洋 の 影響 を受けた近代 化 は 19 世 紀 後 期 に 始 まり、 第 二次 世 界 大 戦 後の 新 しい 民 主 的な 統治 の 諸制 度の 確 立 と 政治 、 経済 、 科 学 技術 の 進 歩 による大 衆 生 活 における 多 くの 社 会 の 変 化 によって 加 速 した。しかしながら、 精神 的 底 流として、現代日本人の生 活 における 伝統 的文 化 の 価 値 や 特徴 は、 持 続 している。 Reischauer(1977) は、日本人の 変 化 への 適応 能 力に つ いて 書 き 記 し、 東 洋 と 西洋 の間の 多 くの人間的共通性を認めている。 Dean C. Barnlund (1975) は、 社会 において 標準 的であると言われている文 化 的 価 値 の 核 の 持 つ 凝 集 性に つ いてアメリカと日本を 比較 文 化 的に分 析 し、甘えを「文 化 的 無 意 識 」の代表として 述 べ ている。 この 観点 から 甘え の 理解 において 重 要なことは、 継 続 的な身体的親密さ、寛容さ、 応 答 性、 非 常に 没頭 的な母親の世話、子 供 の 周囲 に 他 の世話する人がいるような状況における 子 育 ての実 践 である。 島 国 の生 活 は 空 間が限られているため、 他 人と近接していること や、 並 んで生きる 必 要があることが、日本の生 活 状況である。拡大家族だけでなく、 隣 人 や 住 んでいるコ ミュニ ティ に、 非 常に 早 期 から子 供 は 触 れることになる。近 所 の大人は、 おじさん 、 お ば さん 、 年 長の子どもたちは、 お 姉 さん 、 お 兄 さん と 呼 ば れる。 彼 らは、子 どもの生 活 における 潜 在 的な世話人であり、グループに 所属 するうえでの 安 全感を 促 進 す る。 Alan Roland (1991) は、日本人の 精神 に 顕 著 な「家族の自 己 」という 概念 と 西洋 人の 「個々の自 己 」とを強く対 比 している。「家族の自 己 」とは、家族やグループの 微妙 な情 緒的 階 層 関係に 根 差している。 Reischauer (1977) は、日本人は、家族というよりも む し ろ、 周囲 のグループに結 び 付 いていると 述べ ている。このことは、 早 期 からグループの中 に自分の 場 所 を見 つ け、それを 内在化 するという意味での「グループの自 己 」というもの を 示 唆 しているのかもしれない。 この力動の 説明 の実 例 として、 七五 三という日本の 伝統 的なしきたりによる 祝 いが 挙げ られる。 2 歳 から 3 歳 、 4 歳 から 5 歳 、 6 歳 から 7 歳 の子 供 たちは、 伝統 的な衣 装 を着 て、地域にある地元 神社 に連れていかれる。 彼 らは、子ども時代を通 過 する 集 団 の 祝 典 で、プ レゼ ントとしてお 菓 子やおもち ゃ をもらう。

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Ⅳ . 甘え 概念 の 精神 分 析 的 含 意

先に 記 したように、日本人や 臨床 的交流における 甘え という 特異 な現象を表すに 当 たっ て 多 くの意味で 正確 で 洞 察 力のあるものである一方、「 無 力さにある依存 欲 求」と「愛さ れたい願望」という 土居 の 最初 の 甘え の 概念 の定義( 1973 )は、 多 くの 理論 的およ び臨床 的議 論 を引き 起 こした。 発達 的には、 甘え は、子どもが言葉を獲得するよりも 先に 起 こ る 。 例 え ば 、母親に 積極 的に願望を表現する子どものことを、日本人は「この子は、 既 に 非 常に情緒的に依存している( 甘える )」と言ったりする。乳児が母親の存 在 を求める 欲 望を 経験 し 続 けると、この情緒的 布置 が意 識 的にも 無 意 識 的にも 彼 / 彼 女 の情緒生 活 の 核 に 位 置 するようになる。このことは、 Freud が 精神 分 析 に 独特 の「性愛」の 概念 に つ いて 述 べ たことと 比較 することができる。「われわれは、 Sexualität 『 性愛」という言葉を、 ド イ ツ 後で lieben 『 愛すること 』 という言葉を用いるのと同じように 包括 的な意味で用い る」( Freud, 1910 )。この意味で、日本語には、 lieben や love に 相応 しい言葉は、存 在 し ないにも関わらず、愛と性が 絡 み合うエ ディ プ ス・ コンプ レ ッ クス に つ いて 考 えるのであ る。 類 推 であるが、「 甘え 」は、エ ディ プ ス・ コンプ レ ッ クス以前 に、われわれの一生を 通じて情緒的生 活 の 主 流を形 成 するし、「 甘え 」という言葉が存 在 しない日本の 外 におい てでさえそうであると 理解 しうるかもしれない。 甘え は、愛のように動詞的 概念 である が、愛と 異 なり、それ自身だけでは「性愛」を 含 まないという 事 実によって 特徴 付 けられ る。 加 えて、 甘え の要 素 は、アン ビバレ ン ス によって強 調 されるような 様 々な 心理 的状 態 に 含 まれていると言える。もしそうであれ ば 、 甘え を 様 々な 既知 の 精神 分 析 的 概念 と 比較 することは、 有 用かもしれない。 Freud は愛には 二つ の流れがあると 述べ ている。すなわち、情愛的 潮 流と 官能 的 潮 流であ る。「これらの 潮 流のうち情愛の 潮 流の方がより 古 い。これは 幼 児 期 のもっとも 早 い時 期 に 由来 し、自 己保 存 欲 動の利にもと づ いて形 成 され、家族や世話を 務 めてくれる人物に 向 けら れる ・・・ 」( Freud, 1912, p.180 )これは甘えの自 己保 存的、本 能 的 土 台 に対 応 する。そこ から生じる情愛的 潮 流は後に ナ ル シシズ ムの 概念 に 吸収 された (Freud, 1914) 。ここで Freud は、一 次 的 ナ ル シシズ ムは 直 接の 観察 によっては 確 かめられないけれども「それが実 はとうの 昔 に手 放 された親たち自身の ナ ル シシズ ムの 再活 性 化 であり 再 現であること は ・・・ 自分の子 供 に情愛をもって接する親たちの 態 度」から 知 ることができると 書 いてい る (Freud, 1914, pp.90,91) 。 Freud(1930) は後に自 己保 存本 能 という 概念 を 廃止 し、情愛を エロ ス (生の 欲 動)の現れとし、その元の 目 的は 抑圧 されるという結 論 に 至 ったのであるが、 土居 は 甘え を Freud の 初 期 の本 能 論 に 従 って自 己保 存本 能 に対 応 すると 提 案 し、 甘え を本 能由来 の依存 欲 求と定義した。

付 け 加 えるなら ば 、 Freud(1921) は同一 化 を 他 者 との情緒的 繋 がりの 最 も 早 期 の表現であ

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り、 最初 からアン ビバレ ントであると見ている。そう定義するなら ば 、 Freud の同一 化 は 甘 え の 根 底 にある一体性とアン ビバレ ントな 特 性に一 致 するであろう。 その 概念 をさらに対象関係の中で 練 り上 げ 、 土居 (1989,p.350) は 甘え は 初 めから対象関係 的であると 何 度も 繰 り 返 している。 甘え は Freud の一 次 的 ナ ル シシズ ムという 概念 とはあ まり一 致 するわけではないが、それは「 ナ ル シ スティ ッ ク と言われる 精神 状 態 が 何 であれ、 それに 非 常によく合 致 している」(同 , p.350 )。この意味で、 甘え の ナ ル シ スティ ッ ク な 特 性 は、子 供 っ ぽ くて 我 儘 で要求がましい「 屈折 した」 甘え の 基礎 をなしている。 土居 (1989) は 次 のように 述べ ている (1989) 。「同じような 理 由 から、コ フ ート Kohut,H. が 『 ナ ル シ スティ ッ ク なリ ビド ーによって 備給 されている 太古 的対象 』 (1971,p.3) と定義した自 己- 対象と いう 新 しい 概念 は、 甘え の 心理学 に 照 らすと 理解 しやすくなるだろう。な ぜ なら、 『 ナ ル シ スティ ッ ク なリ ビド ー 』 とは 屈折 した 甘え に 他 ならないからである」 ( 土居 ,1989, p.351) 。 この意味で日本の分 析 家は Kohut の「自 己- 対象への 欲 求」という 概念 を ほ とんど 甘え に 等 しいものと 捉 える。また Balint が「 治療 の 終 結 期 には 患 者 がこれまで 忘 れていた 幼 児的 本 能 的 欲 求を表現するようになり、 周囲 によって 満足 さ せ られることを求めるに 至 る」 (Balint,1936/1965,p.181) と 述べ ているのも、これに関連している。な ぜ なら、「 素直 な 甘え は ナ ル シ スティ ッ ク な 防衛 が 充 分に 解決 されて 初 めて出現する」( 土居 ,1989;p.350 )からで ある。 Freud と Ferenczi の 両者 の上に 築 かれたために、「受身的対象愛」と一 次 愛に つ いての Balint(1936/1965) の 考 えは 概念 的に 甘え にもっとも近いものである。 Balint はイン ド- ヨ ーロッパ 諸 語は 能 動型と受動型という 2 種類 の対象愛を 明確 に 区別 しないと 考 えた。その 目 的が 最初 は常に受け身(愛されること)であっても、もし 欲 求 不 満 を 鎮 めるために環境が 子 供 に 与 える愛と受容が 充 分であれ ば 、その子 供 はそれを受け 取 るために 能 動的な「 与 える 愛」に 進 む だろう(「 能 動的対象愛」の形)。 臨床 の言葉で言うなら ば 、 素直 な 甘え と Balint の「 良 性の 退 行」の間、 及 び屈折 した 甘え と 彼 の「 悪 性の 退 行」の間には、関連がある。 Fairbairn(1952) は 概 して 早 期 の 発達 における依存の 事 実に 重 きを 置 いているが、 彼 は対 象関係体 系 の中に依存 欲 求という 考 えを 採 用しなかった。 Klein の 羨 望( ひ がみ)や 投 影 同 一 化 ( 1957 )の 概念 は、同じ対象を共 有 し つつ も、 ね じれた 甘え とみることができる。 Bion(1961) が 3 つ の 基 底 的想定グループの 幻 想、すなわち依存、 闘争-逃避 、 つ がいに関連 したそれ ぞ れの情緒状 態 における 安 心 感を 集 団 力動の中で想定する時、 多 くの日本の分 析 家は Bion は 土居 の 甘え を「 予 言」していたと見る。同 様 に、 Bion の「コン テ イ ナ ー container 」 と「コン テ イン ド contained 」の 概念 、 Winnicott の「 抱 えること holding 」、 Hartmann の 「 適 合 good fit 」、 Stern の「間 - 情動性 inter-affectivity 」は、 甘え と 基 本的な 概念 上の 類 似 を 示 している。それらは、親に対する乳児の生 来備 わった依存という 異 なった 視点 から 考 えられたものであるが、 精神 分 析 過 程の中での 転移 - 逆転移 の間 - 主 体的 マ トリッ クス

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inter-subjective matrix にとって 臨床 的な意義を 持 つ ものである。

V. さらなる 発達論 的 精神 分 析 的パー ス ペ クティ ヴ

発達論 的力動的 観点 からは、 次 のことを強 調 することが 重 要である。すなわち、 土居 (1971) は 甘え の 起 源 は乳児の母親への関係性の中にあると見ているが、それは 新 生児の時にでは なく、乳児が自分の 独立 した存 在 に 気 付 き、母親を 欠 くことのできない 満足 の 源 としてみな すようになった時だと 考 えている、ということである。このことが 示 しているのは、認 知・ 判断・ 同一 化 のような自 我 の分 化 がすでに 起 こり、対象 恒 常性が存 在 している 発達段階 にお いて 甘え が生じるということである。それは、 Mahler(1975) の分 離- 個体 化期 の 真 っ 最 中 であり、共生 期 と 練習 期 を 無事 に通り 抜 けたことを 示 している。母親は 別 の人として存 在 し、 母親の子 供 に 向 ける 優 しく寛大な 喜 び が 内在化 されている。 もしこの通りであるなら ば 、 超 自 我 という 心 的 構造 も現れ つつ ある 途 上にあることにな る。(日本で)広く行われている日本人の子 供 のし つ け方は、この見方を 支 持 しているよう に 思 われる。 非 言語的で共感的な 応 答 性と情緒的のみならず身体的にも近い 有 り 余 る ほ ど の母性的世話は、子 供 の 発達 における共生 期 及 び 分 離- 個体 化期 を 満足 のいくように通 過 することのために 役 立 てられる。乳児 研究 (Stern,1985) およ び 自 己 心理学 の 進 歩 も、近 年 、 成 長を 促 してゆる ぎ ない自 己 感をもたらすこの親の 取 り 組 みを 支 持 している。 Gertrude と Rubin Blanck(1994) の 発達 の 図 式 的 概 要では、 甘え は 攻撃 欲 動の中 和 の 過 程において生じるように見える。そしてこの間に 甘え は分 離 個体 化 が 活 発 に 進 行していく のに 役 立つ 。トイ レ ット ・ ト レ ー ニ ング、体の 働 きを 制 御 する 能 力、 男 根 的自 己 主張 の表出 が 始 まると、 超 自 我 の 発達 による 攻撃 欲 動の 緩 和 が 起 きる。この典型的な 西洋 の 筋 書 きと 比 較 して、 Reischauer(1977) の 観察 によると、日本人の子 供 のトイ レ ット ・ ト レ ー ニ ングや行 動に対するし つ けは、手本 ・ 励 まし ・ 注 意により 継 続 的で常に 優 しい 配 慮 や世話を 伴 って行 われる。これらの方法は、 攻撃 欲 動を 緩 和 し 外 界 の 期待 に 応 えるために個人的 欲 求を 断念 す る中で、世話をする人に子 供 が同一 化 することを 促 進 し、このようにして 違 った 道筋 をたど って 超 自 我 形 成 に 至 る。それでもなお、どんどん 複雑 になりし ば し ば 拘束 的な世の中の 規 則・ 役割 ・調 和 への要求 ・ 服 従 などは、 適応 するには 困難 な文 化 的 価 値 観 となり、まだ 脆弱 な個人の 精神 にかなりの 重 圧 を 課 する。 外 部の 審 判 による 恥 や、愛情のこもった つ ながりが 撤去 されるという 脅 しが、子 供 の個人的 欲 求を 放 棄 して 超 自 我 の要求への 追 従 に 駆 り 立 て るように利用されるかもしれない。

超 自 我 とイ ド 要求の 葛藤 的交 渉 の中で、 発達 の 最 接近 期 への 退 行が 起 きるかもしれない。

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そこで子 供 は個人の 独立 した 道 に 再 び前進 していく 前 に、共生的な母性的 快 適 さという つ かの間の 安 心 感を 探 し求める。 Akhtar(2009) も Freeman(1998) も共に 甘え の 機 能 の情緒的 燃料補 給 の 側 面 を 記述 している。 Freeman が一時的で 断続 的な 思 慕 としての 甘え を 観察 し たことと、 甘え の 相互作 用における 相互 の利 益 を 彼 が強 調 したことは、この 仮 説 を 支 持 して いる。 甘え の 相互作 用の 相互 性に つ いての 彼 の 観察 を拡 げ ると、 甘え は「依存している」 側 によって、 主 としてもう一方の 側 の利 益 の 為 に 始 められることがあるということもまた 理 解 される べ きである。たとえ ば 、 甘える人 は 不安 そうな母親が子 供 によって 安 心 さ せ られる 必 要性を意 識 的にも 無 意 識 的にも感じているかもしれない。な ぜ なら、分 離 していきたいと いう子 供 の 欲 求は母親にとって 拒絶 と 捉 えられるかもしれないからである。 甘え はまた、自 信 がない上司が 迎 合的な部下に対して力を感じようとする ニ ー ド にも合 致 するかもしれな い。あるいは、 年取 った親が 成 長した 有 能 な子 供 に対して自分の 価 値 を 経験 したい 欲 求の時 にも 当 てはまるだろう。 つ いでに言え ば 、時には「友 好 的な」 甘え の 態 度は、それらしく依 存的な 態 度で表現された 挑 戦 的で 攻撃 的な要求を 偽 装 しているかもしれない。これは、 土居 (1989) の「 陰 性の / 屈折 した 甘え 」で 述べ ていることに一 致 しているだろう。 「愛されることへの 無 力な願望」という 土居 (1971,1973) の元々の 甘え の定義は受け身性 を強 調 しているが、この受け身的な 面 はそれ自体 複雑 である。 土居 (1971,1973,1989) と同じ ように Balint(1935/1965; 1968) は 甘え を一 次 的な生物 学 的 基 本的 欲 求であり愛への 渇 望と 見た。そして、 Bethelard と Young-Bruehl(1998) は 土居 の 甘え を 欲 しいままに愛されるこ とへの 期待 と 考 え、 彼 らはそれを大 事 にされること cherishment と 呼 び 、本 能 に 根 差し出 生時から生じるとした。 彼 らは 土居 がしたように、 甘え に関して自 己保 存自 我 本 能 仮 説 の 再 考 を 提 案 した。 能 動的関 与 に関する乳児のより大きな 能 力を 示 している 最 近の乳児 研究 に 照 らして、 甘え に関しての「受動 -能 動」の 範 囲 はさらなる 研究 を 必 要とするだろう。 甘え という文 脈 では、行動として 観察 されるこの 能 動性は、たとえ ば Bowlby(1971) の愛着 研究 に見られるように、 内 的体 験 を 反 映 したものであり、その行動的な表れが愛着なのである ( 土居 ,1989 )。 我 々は 次 のように 仮 定することができるだろう。すなわち、 精神 分 析 的には 甘え は 層 をなした 概念 を 提供 しているのであって、その 概念 は、受動的に愛を受け 取 り、 ほ しいままにするための、 能 動的な本 能 的 / 情動的 努 力を 描 いているのだ、と。 「願望 - 欲 動」としての 甘え という 土居 の定義に 替 わるもう ひ と つ のものは、 洋 の 東 西 を 問 わず 他 にも 確 かに存 在 するものの 特 に日本人の 心理 においてはよく見られるような 特 定 の形の 防衛 としての 甘え を 再 定義することであろう。そのように 考 えると、 我 々は 甘え を自 我 の 防衛 作 用として見ることができるだろう。すなわち、 超 自 我 の要求とイ ド の要求を 調 停 しながら 我 儘 を 許 してもらおうとする 懇 願として、 或 いは、 ラ イ フ サイ ク ルのどの 発達段階 であれ、個人的願望としてである。この形 式 の自 我 の 防衛 は、 超 自 我 への 硬 直 した 服 従 を要 求する 厳 しい 社会 に 適応 するためにおそらく 必 要なものである。 階 級的関係的 秩序 と 集 団 志向 、 規則・ 役割 ・ 行動の 厳 守 、個人的な意見や感情を 秘 密にすること、 葛藤 を 恥 として 解

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決 すること、これらはす べ て、 封建 社会 に 起 源 をも つ超 自 我 形 成 に対 処 するための方法であ るように 思 われる。こうした 硬 直 した 或 いは 過 酷 な 超 自 我 の要求に 応 えるために、 甘え は 「 許 し」 - 「寛大さ」 - への「甘い」 理解 を求めて、個人の 攻撃 欲 動に対する、あるいは対 象を 失 うかもしれないという 不安 に対する 必 要な 防衛 として、 非 言語的で情緒的なコ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンと共感的な 反 応 に 頼 る。 甘え という自 我 の 調 停 が個人の感情生 活 に 場 所 を 作 り、リ ビド ー的なものであれ 攻撃 的なものであれ、個人の人間的 欲 求の表出に 道 を 作 る。 甘 え は、共感的 反 応 で子 供 の情緒的 欲 求や願望を感じる 能 力を 持 った寛大な 養 育 者 との 前 言 語的な体 験 への同一 化 に 起 源 を 持 つ 。これはおそらく「 普 通に 献 身的な母親」を 特徴づ ける 「母親の 原 初 的 没頭 」という Winnicott(1965) の 概念 に 類 似 している。この文 脈 において、 自 我 関係性( 抱 えること、やさしさ、共感)を 提供 する環境としての母親と、イ ド 衝 動 / 欲 動 が 向 かう対象としての母親との Winnicott の 区別 は、 Freud の 初 期 の愛の情愛的 潮 流と 官 能 的 潮 流との 区別 に対する対象関係 論 的 観点 からの表現を 示 していると 思 われる。 甘え 及 び 甘える 行動を用いた交流は、 抑圧 ・退 行 ・ 部分的 退 行 ・ 打消 し ・ 反 動形 成・ 「 相 互 の 秘 密」 或 いは 昇華 への小 道 といったような 様 々な 防衛 作 用の中に 整 理 することができ る。 この 防衛- 適応 としての定 式化 の中でも、「 相互 性」の 概念 が 発達 的 ・ 関係的 ・ 転移 的に 甘え の中に 含 まれている。 Hartmann(1958) の乳児と母親の 適 合 fitting together の 概念 、 Winnicott(1965) の「 抱 える環境 holding environment 」という 考 え、 Bion(1962) の「コン テ イ ナ ー / コン テ イン ド container/contained 」 概念 、 Kohut の「自 己- 対象 self-object 」 (1971) 、 Stern(1985) の「間情動性 inter-affectivity 」もまた、同 様 に 当 てはまるだろう。 甘 え の行動は、個人の願望や 欲 求が文 化 的 - 超 自 我 的 制 限と 衝突 する時にはい つ も ラ イ フ サ イ ク ルを通して 作 用していると言える。

Ⅵ . 結 論

以 上から、 甘え の行動や 態 度は 単 なる依存 欲 求の現われとして見ることはできないとい うことになる。 欲 動 / 願望と 防衛 の形という 両者 が文 脈 によって 複雑 に 置 換 される中で 甘え を見ることが 有 効 である。この 複雑 な見方は 特 に 転移 における 相互作 用に 当 てはまる。 臨床 における 二者 関係での 甘え の出現は、 臨床 家に対する 信 頼 と 誠 実さの 増 大という 陽 性 転移 を 示 すだろうし、それは 治療 同 盟 に 資 するだろう。 患 者 に 精神 分 析 療 法を求めさ せ る意 識 的 動 機 が 何 であろうとも、その 根 本の 無 意 識 的動 機 は 甘え のそれであり、やがて結 局 は 甘え が

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転移 の 核 となると 土居 (1989) は 考 えた。けれども 臨床 家は、 特 に日本の 臨床 状況に 固 有 の( 或 いは、どんな 精神 分 析 設 定においてもだが) 転移 の 階 級的性 質 に 気 付 く 必 要があり、もし 甘 え が 基 本的 欲 求 ・ 本 能 的 努 力 ・ 防衛過 程、 或 いは 複雑 な 発達論 的 ― 力動的 布置 として 概念化 されるなら ば 、「 陽 性」と「 陰 性」の 両 方の 非 言語的 或 いは間接的交流に 敏 感に 反 応 する 必 要がある。同 様 に、日本人の 患 者 の 集 団志向 は、 西洋 文 化 において 簡単 に現れるように、境 界 や個体 化 の 欠如 として 単 純 に 理解 することはできない。 甘え 概念 の 発 見は 特 定の日本的状況に 帰 するけれども、それは文 化 をまたいで 様 々な程 度に見られ得る。 集 団 心理学 の文 脈 の中では、 甘え はそこにいる 各 個人の 欲 求に 複雑 に関係 し、その 集 団 設 定に 属 している。 発達 的 及 び臨床 的には、 早 期 の母性的 補 給 ・ コン テ イ ニ ン グ ・ 抱 えることの 影響 は 甘え の中に認められる一方、 甘え の 内 的な 相互作 用的力動は個人の 全生 涯 に 及 ぶ ( 土居 ,1989; Freeman,1998 )。 土居 の 甘え に関しての 発展 性のある 寄与 は、 特 定地域の 発達 的 及 び臨床 的日本の 概念 で ありながら世 界 に広がりを 持 つ ものとして認められる 必 要がある。それは地 理 的境 界・精神 分 析 文 化・ 個人の 条件 を 超 えて 理論 的流 暢 さと 臨床 的感受性を 豊 かにするだろう。

参考 文 献

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各 地域の 顧問 と 貢献 者

北米: Written collaboratively by Takayuki Kinugasa, M.D. and the members of the Japan Psychoanalytic Society; Nobuko Meaders, LCSW; Linda A. Mayers, PhD; Eva D. Papiasvili, PhD, ABPP

ヨーロッパ: Reviewed by Arne Jemstedt, MD, and the European Consultants

中南米: Reviewed by Elias M. da Rocha Barros, Dipl. Psych., and the Latin American Consultants

地域間連携共同議長: Eva D. Papiasvili, PhD, ABPP

追 加特別編集 補 助: Jessi Suzuki, M.Sc.

国 際 精神 分 析学会 地域間 精神 分 析 百 科 事 典( The IPA Inter-Regional Encyclopedic Dictionary of Psychoanalysis )は、 ク リエイ ティブ・ コ モ ン ズ ・ラ イ セ ン ス CC-BY-NC-ND が 付 けられて出 版 許可 されています。中 核 的権利は 著者 ら( IPA と IPA 会 員 寄 稿 者 )にあ り ま す が 、 非 営 利 的 使 用 、 全 出 典 が IPA ( こ の URL www.ipa.world/IPA/Encyclopedic_Dictionary の 参 照 も 含 みます)にあること、 模倣 や 編集 やリ ミ ッ クス の形 式 でなく 逐 語的 複 製 であること、などの 条件 で 他 者 も 素 材 を使用するこ とができます。 各 用語に つ いてはこちらを ク リッ ク してください。

訳 出: 鷺谷 公 子、中 甫 木 くみ子( 訳 )、 吾 妻壮 ( 監 訳 )

訳 出: 清 野 百 合、 原 田康平 ( 訳 )、 吾 妻壮 ( 監 訳 )

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コンテインメント:コンテイナー‐コンテインド

三地域エントリー

地域間コンサルタント: Louis Brunet (北米)、 Vera Regina Fonseca (中南米)、 Dimitris-James Jackson (ヨーロッパ) 地域間連携共同議長: Eva D. Papiasvili (北米)

Ⅰ . 定義

コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド という Wilfred R. Bion の 概念 は、母親 - 乳児間の 養 育 状況 という 観点 から分 析 的カップルの状況を 類 推 するためのものであった。この 概念 が 示 すの は、母親は、なだめたり 授 乳したりすることの 提供者 であるのみならず、乳児の情緒的 苦痛 を受け 取 り、乳児のためにその 苦痛 を 和 ら げ て 等 身大の 取 り 扱 いへと 戻 すことができる受 容 器 官 でもある、ということである。 Bion の 観点 からは、大体においてそれは、 O (名 づ け ようのない 恐怖 という意味において)から K ( 知識 )へと 苦痛 を 変 形することを意味する。 「この 考 えられないものに つ いて、 今 や 私 は 考 えることができる ! 」というように。 理論 の 進展 という 視点 からいうと、この 概念 は、 投 影 同一 化 ( 投 影 同一 化 PROJECTIVE IDENTIFICATION の 項 を 参 照 )の 理論 が、 原 始 的 空 想と 防衛 の 理論 から、 考 えることの 発 達 に 必 要な、 伝 達 / コ ミュニ ケ ー シ ョ ンの 原 始 的形 態 の 理論 へと拡 張 したことを表す。 精神 機 能 に関する関係性の モ デ ルとして、コン テ インメントの 過 程は、コン テ イ ナ ー ‐ コ ン テ イン ド という ペ ア間の 直 線 的で 互 恵 的な 相互作 用を、 次 のような手 順 で拡 張 する。ある 精神 状 態 (「 内 容 content 」)が 送 り手から受け手へと 伝 達 される ; 受け手はそれを 潜 在 的に 「 包 含 / コン テ イン」し、 心 的 作 業 を通して 変 形する ; その 変 形された 内 容は、「コン テ イ ンする 機 能 」そのものとともに、 送 り手によって 恐 らくその後 再 び取 り入れられる。 発達 的 観点 からのこの モ デ ルの 原 型は母親 - 乳児関係であるが、この 概念 はまた、 精神 分 析 過 程においてはもちろん、 二者 間の関係や 集 団 のいずれにおいても生じるある 種特別 な 無 意 識 的コ ミュニ ケ ー シ ョ ンにも、 適 用できる。それはまた、 精神内 的 過 程 ― そこにおいて 人は、自身の情緒をコン テ インし、 転 換/ 変 形し、そして言葉で 伝 えようとする ― を 理解 す ることにも、 適 用される。

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臨床 状況においては、コン テ インメントの 過 程は、 精神 分 析 過 程を 理解 することにとって、 そして 考 えること / 象 徴化 することの 発達 にとって、 特別 な意義を 持 つ 。 技 法的にはそれは、 乳児 / 患 者 の 叫 び 、あるいはその 他 の 苦痛 の表現に 黙 って 耐 える 以 上のことを意味する。コ ン テ インメントは、 可 能 なときにはその 苦痛 に対 処 するなかでそれを同定し、 変 形し、 解 釈 することを 伴 う。 以 上の 多次 元的な定義は、三大 陸 に 及 ぶ 地域の 辞書 や 百 科 事 典を 反 映 し、それらから 推 定 し、そしてそれらを拡 張 している (Lopez-Corvo, 2003; Skelton, 2006; Auchincloss and Samberg, 2012) 。

Ⅱ. 本 概念 の 起 源

本 概念 は、 1940 年 代の 英 国 における、 統 合 失 調 症 ( 精神 病 性の 思 考 障害 )に関する 臨床 研究 に 根 差している。そうした 研究 は、 Melanie Klein と 彼 女 の後 継 者 である Herbert Rosenfeld 、 Hanna Segal 、そして Wilfred R. Bion によってなされた。(本用語はまた、 戦 時中に 戦 車隊 司 令 官 だった WR Bion の 経験 にも 恐 らく結 びつ いている。 軍 事 用語とし てのコン テ インメントの 含 意は、 戦 場 において 戦闘 を 必 ずしも 根 絶 するのではなく 制 限 し、 最 小 化 し、そうしてより 扱 いやすくするということである。) Klein の「分 裂 的 機 制 に つ いての 覚書 」 (1946) では、 統 合 失 調 症 の 病 理 の 固 着 点 が乳児 生 活 の 原 始 的で 早 期 の 相 ― 誕 生から 3 か 月 までであり、 彼 女 が「 妄 想 - 分 裂 」 ポ ジ シ ョ ンと 呼 んだもの ― にあるという 彼 女 の見 解 が 明 らかにされている。この ポ ジ シ ョ ンにおいて は、部分対象関係、 迫 害 不安 と 絶 滅 不安 、そして ス プリッ ティ ングや 投 影 同一 化 およ び 否 認と 万 能 感などの 原 始 的 防衛 機 制 が 活 発 である。 Rosenfeld (1959, 1969) は、自身の 臨床 研 究 (1950 - 1970) において 投 影 同一 化 の 理解 を 特 に深めた。 患 者 の乳児的で 原 始 的な世 界 における 過 程を 彼 は 明 らかにした: 患 者 は 内 的対象、部分対象そして自 己 の 葛藤 的部分を 対象 ― 母親の乳 房 と体 / 治療 者 ― へと 投 影 し、対象を通してそれらに対 処 しようとする。 その後それらを 再 び取 り入れることで自 己 の一部とし、そしてそれらに同一 化 する。この 投 影 と 再 取 り入れの 過 程が、コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド に関する Bion の 研究 の 基礎 部 分となった。 コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド 理論 が 最初 に言 及 されたのは、 Bion の 1950 年 代の 著作 、 とりわけ「 統 合 失 調 症 的 思 考 の 発達 」 (1956, Bion, 1984 に 収 録 ) 、「 精神 病 パー ソ ナ リ テ ィ の 非 精神 病 パー ソ ナ リ ティ からの 識別 」 (1957, Bion, 1984 に 収 録 ) 、「 幻 覚 に つ いて」

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(1958, Bion 1984 に 収 録 ) 、「連結することへの 攻撃 」 (1959) においてであった。 Melanie Klein の 投 影 同一 化 に関する 理論 (Klein, 1946) の 範 囲 内 で乳 房 に対する 赤 ん 坊 の関係に言 及 し つつ 、 彼 は、 新 生児が体 験 する 崩壊 や 死 の 不安 に 向 き合うには、母親 / 乳 房 と 赤 ん 坊 の間の 適 合がいかに 重 要であるかを強 調 する。情緒に 向 き合いそれらを 修 正 して情緒的に 知 ることを 可 能 にするとなると、コン テ イ ナ ーである乳 房 が 申 し分なく存 在 していること が 鍵 となる。こうして、自 我 の 原 始 的な 防衛 という 投 影 同一 化 の 概念 に つ いての Bion の 定 式化 は、コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド モ デ ルに 暗 に 含 まれる、 標準 的な 発達 の現実的な 投 影 同一 化 という 叙 述 へと 進展 していく。

Ⅲ. コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド (コン テ インメント): Bion における 概念 の 進展

1959 年 の 論 文「連結することへの 攻撃 」 (Bion, 1959) において、 Bion は、 投 影 同一 化 を 頼 りに自身のパー ソ ナ リ ティ の 諸 部分を分 析 家へと 排泄 する、ある 精神 病 患 者 との体 験 を 叙 述 した。 患 者 の 観点 からすると、もしもそうした 諸 部分が 十 分に長く分 析 家のなかに 留 まることを 許 されるなら、それらは分 析 家の 心 による 修 正 を受け、そののちに 安 全に 再 取 り入れされうる。自らの 投 影 物を分 析 家があまりにも 素 早 く 排泄 してしまい、 つ まりは 諸 感情が 修 正 されなかったと 患 者 に感じられたとき、いかにして 患 者 がそれらを、 更 に 死 に 物 狂 いで 暴 力的に分 析 家へと( 再 ) 投 影 しようとすることによって 反 応 したかということ を、 Bion は 叙 述 している。この 臨床 過 程を、 Bion は、 患 者 のある体 験 ― 乳児の 投 影 物を 取 り入れることに 耐 えられずに乳児から 投 影 された 恐怖 をコン テ インしなかった母親との 体 験 ― と結 びつ ける。 Bion は 次 のように 示 唆 している。「 理解 ある母親は、この 赤 ん 坊 が 投 影 同一 化 によって対 処 しようと 懸命 になっていた 恐怖 という感情を体 験 することがで き、そしてそれでもなお、 バ ラ ン ス のとれた見地を 保 つ ことができるのである」 (Bion, 1959, p. 103-104) 。 1962 年 には、 著書『 経験 から 学 ぶ こと 』 およ び論 文「 考 えることに関する 理論 」におい て、 Bion (1962, a, b) はこうした 考 えをさらに 発展 さ せ 、母親が乳児から 投 影 される強い 恐怖 を 取 り入れてコン テ インするときの母親の受容的な 心 の状 態 を、もの想い reverie と 述べ た。母親のもの想いというアイ ディ アを 投 影 同一 化 のアイ ディ アに 加 えることによっ て、 Bion は、環境がいかにして 原 初 の関係を通して 精神内 的 発達 に 影響 を 及 ぼ すのかとい うことを 含 めている。もの想いとは、子どもによって 投 影 されるものに母親が 無 意 識 的に 同一 化 して 応 じる、その受容的な 精神 状 態 を 指 す。母親のもの想いを通して、子どもが 何 を 伝 達 しようとしているのかに つ いての 新 たな 理解 を、母親は 創 り出す。母親は、 Bion が

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ベ ータ要 素 と 呼 ぶ ものをアル フ ァ 要 素 へと 変 形し、アル フ ァ 要 素 はそののちに子どもへと 再 び 伝 達 されうる。これが、コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド モ デ ルの 第 一の定義となる。 具 体的には、この 過 程は 以 下の ステ ップを 伴 う: 第 一に、母親はもの想いの状 態 で、乳児に は 耐 えられない 諸 側 面 ― 空 想の中で 彼 女 へと 投 影 されてきた、乳児の自 己 、対象、情動、 そして未 処 理 の感 覚 体 験 ( ベ ータ要 素 )のそうした 諸 側 面 ― を、受け 取 り、 取 り入れる。 第 二 に、 ニ ー ド がある限り、 彼 女 は自身の 心 と体へのこれらの 投 影 物による全 影響 に 耐 え なくてはならない。それはそうした 投 影 物を 考 え 理解 するためであり、 Bion が 変 形と 呼 ぶ 過 程である。 次 に、 赤 ん 坊 の体 験 をこのように 彼 女 自身の 心 で 変 形したので、 彼 女 はそれ らを乳児へと 徐 々に 戻 すのだが、それは 解 毒 され 消 化 可 能 な形で、そして(こうしたこと がその子にとって 役 立つ であろうときに) 彼 女 がその子を 扱 う際の 態 度ややり方のなかで 実際に 示 され つつ 、なされなくてはならない。分 析 においては、 Bion は本 過 程のこの 最 後 の部分を 公 表 publication と 呼 んでおり、それは 私 たちが一般に 解 釈 と 呼 ぶ ものである。 「コン テ インする」 能 力があると想定される母親とは、境 界 を 持 ち、そして自身の乳児と の関連で受けとる 不安 ば かりか自分自身の 不安 をも 収 容するのに 十 分な 内 的 空 間を 持 つ 母 親、すなわち 痛 みに 耐 え、じっくりと 思 い 巡 ら せ 、 考 える 能 力、そして自らが 考 えること を乳児にとって意味のあるやり方で 伝 える 能 力が 十 分に 発達 している母親、である。自身 が 独立 し、 損 なわれておらず、受容的で、もの想う 能 力があり 適 度に寛大である母親は、 このように「コン テ インする」対象として 取 り入れるのに 適 しており、長い時間をかけて 少 しず つ 乳児がそうした対象に同一 化 しそれを 吸収 することで、 心 的 空 間が 増 大し、意味 を 作 る 能 力が 発達 し、そして自ら 考 えることのできる 心 が 進展 し 続 けていく。これが、 Bion がアル フ ァ機 能 と 呼 ぶ ようになったものである。 1963 年 の 『精神 分 析 の要 素』 において、 Bion は、コン テ イ ナ ーとコン テ イン ド ―♀ と ♂ という 抽 象的な 記 号 で 示 される ― の間の力動的な関係が 精神 分 析 の 第 一の要 素 であると見 なす。ここでの ♂ (コン テ イン ド )には 貫 く性 質 があり、 ♀ (コン テ イ ナ ー)には受容的 な / 受け 取 る性 質 がある。この文 脈 において、 ♀ と ♂ は 特 定の性的な意味に限定されず、 いかなる 特 定の性的な 含 意もない。それらは 変 数 もしくは未 知 数 を表す: ♀ と ♂ の 機 能 は あらゆる関係の中に存 在 しており、性 別 から 独立 している。 ♂ (コン テ イン ド )は ♀ (コ ン テ イ ナ ー)を 貫 き、 ♀ は ♂ を受け 取 りそれと交流し、 新 たな 産 物を 創 り出すこととな る。 ♂ - ♀ という象 徴 を用いることで、 心 の生物 学 的な性 質 が強 調 され、そしてまた セ ク シ ュ アリ ティ やエ ディ プ ス 的 布置 に関する Freud と Klein の 概念 も 含 まれる。のちの 著作 に おいて Bion は、この 二者 ( ♂ と ♀ )の間の 互 恵 性、 成 長への 潜 在 能 力、そしてこの 二者 間 の交 換 を強 調 している。コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド の力動的な関係のパ ラ ド ッ クス は、 その 互 恵 的な 相互 性にある。 即 ち、コン テ インするものとコン テ インされるものが、 互 い にコン テ インしコン テ インされるという 機 能 を 果 たしもする。これは 発達 的には、 赤 ん 坊 の 不安 に対するコン テ イ ナ ーとしての乳 房 は、その 逆 でもありうるということを意味す

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る。 即 ち、母親のパー ソ ナ リ ティ のある 側 面 に対するコン テ イ ナ ーとしての 赤 ん 坊 、であ る。 のちには 臨床 的な文 脈 の中で、この 互 恵 性は強 調 される。「あるときには分 析 家を ♀ そし て 被 分 析者 を ♂ とし、また 次 の 瞬 間には 役割 を 逆転 するという動 揺 を 観察 することの中 に、 糸 口 がある … 」 (Bion, 1970, p.108) 。 至 るところで Bion は強 調 しているが、「コン テ インすること」は、 思 考 を形 成 しそれを 言葉へと 変 形することを 可 能 にする 活 動や 過 程を 含 む 。これは、コン テ インすることや受 け 取 ることを 単 に受身的な受容性へと 矮 小 化 し 制 限して使用することとは 反 対である。 変 形の 複雑 さおよ び その 多 くの 相 や 過 程を 十 分に 明 らかにすることが、 彼 の 1965 年 の 著書 『 変 形: 学び から 成 長への 変 化』 の 核 心 である。ここで Bion は、「 O 」というメタ 理論 的 概念 を、 多 角 的な 変 形 過 程の 起点 であり同時に 潜 在 的な 終 点 として導入する。それに 含 ま れるのは、 考 えることのできない「名 づ けようのない 恐怖 」、「 ベ ータ要 素 」、「もの自体」 であり、そしてまた、「 究極 の現実」、「 敬 愛」そして「 畏 怖 」である (Bion, 1965; Grotstein, 2011a, p. 506) 。 コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド は Bion の 演繹 的 科 学 体 系 ― 思 考 及 び考 えることの 理論 (Bion, 1962a, 1962b, 1963, 1965, 1970) ― の一部分であるので、それをこの文 脈 に 据 える ことは 重 要である。この 幅 広い 理論 によると、「 思 考 / 考 え」と「 考 える 装置 」には 別 々 の 起 源 があり、「 思 考 」は 考 える 装置 とは 独立 して存 在 する。 つ まり、「 思 考 」は 考 える 装 置 によって生み出されるわけではない。 両者 においてコン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド 関係は 決 定的に 重 要であり、 従 って、コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド 関係は 心 的生 活 の 胚 embryo と見ることができる。 この 理論 によると、「 思 考 」が生 成 する 過 程において、コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド 関 係がその 最初 の一 歩 となる。 心 的 内 容(情緒、感 覚知覚 )が 精神 的な 質 mental quality (表象、 思 考 )を 持 つ に 至 るための 条件 は、 心 的 内 容をコン テ インすることのできるコン テ イ ナ ーが存 在 することである。この 機 能 の 原 型となる対象(「コン テ イ ナ ー」、 ♀ で表 記 される)は、母親の乳 房 、現実 化 されることを 待つ 生得的な 前概念 である。感 覚 的 及 び 情 緒的な 刺激 (「 内 容」)はこの 適 切 な「コン テ イ ナ ー」と対になることで「コン テ イン ド 」 ( ♂ で表 記 される)へと 変 形し、こうして「コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド 関係」を 創 り出 す。 考 え手 thinker によって 思 考 が 最初 に 発達 する 瞬 間である。このコン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド 関係( ♀ - ♂ )によって情緒体 験 の 発 生が 可 能 となるが、その情緒体 験 はそれに 質 を 与 える結合 ― L (愛 love )、 H ( 憎 hate )、 K ( 知 knowledge, thought ) ― によって 特徴 づ けられるであろう。意 識 からの 注 意を得ると、この情緒体 験 は、アル フ ァ機 能 の 働 きを 通してアル フ ァ 要 素 ― 心 的生 活 の モ ナド 【 訳 注 :それ 以 上分 割 できない 単 一な実体。 哲 学 者ラ イプ ニ ッ ツ の 案 出した 概念 】 ― へと 変 形されうる。

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「 思 考 」が出現することで、それに対 処 するための 装置 が 創 出され ざ るを得なくなる。 2 つ の 基礎 的なメカ ニズ ムがそのために結 び 付 く。 つ まり、コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド ( ♀♂ )と、 妄 想 - 分 裂ポ ジ シ ョ ンと 抑 う つ ポ ジ シ ョ ンの間の力動的関係 ⦅ PS ↔ D ⦆ であ る。 コン テ イ ナ ー ‐ コン テ イン ド モ デ ルは、 正 の 成 長( + K )もしくは 負 の 成 長( − K )にお ける 因 子として、 思 考 の 進展 にも対 処 する。 心 の 成 長を 考 えると、この関係において ♂ と ♀ は 相互 に依存しており、お 互 いのためになっていて、どちらの 側 にも 害 を 及 ぼ さない。 Bion が 1962 年 に共存的結合と名 づ けたものの 特徴 である。 モ デ ルで見るなら、母と子は 心 の 成 長という 点 で、 恩 恵 を 被 る (Lopez-Corvo, 2002, p.158) 。子どもはこの 二 人 組 の間 での 活 動を 取 り入れるのだが、それは、 ♀ / ♂ (コン テ イ ナ ー / コン テ イン ド )関係がそ の子自身の中に 据 えられて、生 涯 を通して生じるであろう 心 の 問 題 に 取 り 組む ために人 格 がより 複雑 で 創 造 的になることを 促 進 する 機 能 が 発達 できるようなやり方で、 取 り入れる のである。 Bion が Elliott Jacques (1960) の「まとまりのある 網 状 組織 integrative reticulum 」を 用いて 組 み 立 てた モ デ ルでは、「その間 隙 は 袖 で、 網 状 組織 の 編 み 目 をなす 縫 い 糸 は情動 である」 (Bion, 1962, p. 92) 。 網 状 組織 はまた、未 知 のものに対するある程度の寛容さを 必 然 的に 含 む過 程を通して、 成 長し つつ ある ♂ 「 内 容」を受容する [ 形を 成 していく 袖 は、 未だ 内 容を 待 っている ] 。 他 方、 学 ぶ ことは、 弾 力性を 増 しながらまとまりを 保 つ ♀ の 能 力 ― 胎 児の 成 長に合わ せ て拡 張 していく子 宮 に大 変似 ている ― にかかっている (Sandler, 2009) 。 『 注 意と 解 釈 』 (1970) において本 概念 を 再 検討 するなかで、 Bion はコン テ イ ナ ーとコン テ イン ド の間の結合(愛、 憎 、 知 )という 以前 の定 式化 (Bion, 1962) を 脇 へ 置 き、コン テ イ ナ ーとコン テ イン ド の関係を強 調 する 新 たなアプローチを 提示 する。ここでは 3 タイプ の結合はそれ ぞ れ、共存的、共生的、 寄 生的という 特徴 を 持 つ 。「共存的」で 彼 が意味す るのは、 2 つ の対象が 第 三 者 を共 有 し、それが三 者 す べ ての利 益 になるような関係であ り、 例 として、コン テ イ ナ ーとコン テ イン ド が 属 する文 化 の 諸 原理 が 挙げ られる。「共生 的」によって 彼 が 理解 するのは、 相互 の利 益 のために 互 いに依存するような関係である。 この 種 の関係では、 投 影 同一 化 がコ ミュニ ケ ー シ ョ ンとして使用され、コン テ イ ナ ーがこ れを 両者 のために 新 たな意味へと 変 形する。「 寄 生的」によって 彼 が意味するのは、 互 い に依存することで 第 三 者 を生み出すが、それが三 者 す べ てに 破壊 的であるような関係であ る。その 場 合には、 投 影 同一 化 は 爆 発 してコン テ イ ナ ーを 破壊 する。コン テ イ ナ ーもま た、 内 容にとって 破壊 的である。コン テ イ ナ ーはコン テ イン ド から 貫 くという性 質 を 剥 ぎ 取 り、 内 容はコン テ イ ナ ーからその受容的な性 質 を 剥 ぎ 取 る (Bion, 1970, p. 95) 。

破壊 的な結合が 示 唆 するのは、コン テ イ ナ ー / コン テ イン ド の 失 敗 である。 発達 的に

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は、あまりにも強い 攻撃 性や 羨 望の 気質 が 赤 ん 坊 にあるとき、あるいは 欲 求 不 満 を引き 起 こす体 験 における 不安 や 恐怖 に対するその子の 耐 性が 低 いときに、たとえ母親に通常のコ ン テ イ ナ ー 機 能 があっても 成 長を 十 分に 促 進 できないことがある。母親が 返 す 応 答 や行動 は 赤 ん 坊 が 不安 や 恐怖 を 和 ら げ るのに 十 分ではなく、 赤 ん 坊 が母親のコン テ イ ニ ング 機 能 を 取 り入れて同一 化 し、それを自分自身の一部とすることが 困難 となる。 反 対に、たとえ 赤 ん 坊 の 気質 が 正 常であっても母親のコン テ イ ニ ング 機 能 が 不 十 分であるときには、 赤 ん 坊 から 投 影 されている 不安 体 験 を母親が 十 分に 理解 し 把握 することはできない。そのよう な状況では、母親が 赤 ん 坊 に 戻 すものはまとまりがなく、意味は 混乱 しており、それゆえ 赤 ん 坊 はその子自身の意味ある体 験 としてそれを受け 取 ることができない。 このように、 成 長を 促 す + K と 並 行して、 ♂ 記 号 であるコン テ イン ド と ♀ 記 号 であるコ ン テ イ ナ ーの間の共生的あるいは 寄 生的関係を 示 唆 する − K が存 在 する。こうした関係は 情緒状況に対 処 するまた 別 の方法であり、 思 考 やその結 果成 生じる 成 長とは対 立 するであ ろう。すなわち、 相互 破壊 に 至 るかもしれない関係である。 コン テ インメントという 概念 を 社会 シ ステ ムに 適 用する際に Bion が 述べ たのは、 集 団 (もしくは 固 定 化 された 社会 秩序 、体 制 )と 神 秘 家 ― 新 しいが 潜 在 的には状況を 不安 定に さ せ るアイ ディ アを 集 団 へともたらす個人 ― の間の 葛藤 であった。 新 しいアイ ディ アを象 徴 する個人は 集 団 の中にコン テ インされる 必 要があるが、これによりその 新 しいアイ ディ アは 集 団 によって 押 し つ ぶ されるか、あるいは 集 団 がその 圧 力のもとに 崩壊 するかのいず れかが 起 こりうる。 − K の出現とともに 羨 望と 恐怖 感の存 在 が認められるが、これらは 断 固 として 協 力し、 心 的生 活 の Bion モ デ ルには 欠 か せ ない 思 考 や 必 須 である 創 造 性を 発達 さ せ ないようにす る。 − ( ♀♂ )( マ イ ナ ス コン テ イ ナ ー - コン テ イン ド ) の 布置 がもたらすのは、 道 徳 性の 膨 張 と 「 超 - 超 自 我 super-superego ― なかったことにして 学び を 消 し 去 ることの 道 徳 的な 優 位性 や、あらゆることに つ いて 欠点 を見 つ けることの利 点 を 主張 する ― 」 (Sandler, 2009, pp. 262-263) なるものの出現である。 この文 脈 で、 次 のことに 注 目 するのは 興 味深い。すなわち、 1970 年 の 著書『 注 意と 解 釈 』 において Bion は 修 正 したコン テ イ ナ ー - コン テ イン ド に言 及 し、 初 め 破 局 的 変 化 ― そ こでは、 双 方の要 素 がともに広がっていく ― として 提示 した。 1970 年 に 発 表された 『 注 意と 解 釈 : 精神 分 析 と 集 団 における 洞 察 への 科 学 的アプロー チ 』 において ビ オ ンが自身の 理論 体 系 をまとめ上 げ てさらに 展開 したとき、「コン テ イン メント」への 寄与 はささやかに見えたものの、それは 革 新 的に 精神 分 析 を 新 しく 組織 する 重 要な 概念 となった。それによって分 析 家と セ ラ ピ ス トは「 両 陣 営 から」、乳児 - 母親間の 情緒的で 前 言語的なコ ミュニ ケ ー シ ョ ンに つ いて、共通語で話すことが 可 能 となった。 L

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(愛) H ( 憎 ) K ( 知 ) ― これらはコン テ イ ナ ー / コン テ イン ド に 奉仕 したり 相互 に 作 用し 合ったりするものだった ― の 機 能 を 改 造 することともに、「コン テ イ ナ ー / コン テ イン ド 」 によって、 Bion は 心 の地形の 頂 きへと 至 る大 変 新 しい 道 を 切 り 開 いたようだった。 それまで、自 己 内 部においても自 己 と対象の間においても、生じてくる交流の性 質 は 取 り入れと 投 影 (のちには 取 り入れ同一 化 と 投 影 同一 化 )の 作 用に限られていた。後 者 2 つ の 機 能 はそれに 続 くあらゆる 防衛 機 制 の 発達 的な 前 駆 体であり、 精神 分 析 の一 者 モ デ ル ― 精神内構造 は 主 体の 諸 表象のみから 成 るとされていた ― の限 界 を 示 していた。 コン テ イ ナ ー / コン テ イン ド において、 Bion は母親と乳児の間の 基 本的なコ ミュニ ケ ー シ ョ ンに関する 比類 のない認 識論 を 展開 した。その中では、 考 えることの 初 期 過 程が、乳 児が「 考 える人のいない 考 え(情緒)」 (Bion, 1970, p.104) をコン テ イ ナ ーとしての母親へ と 投 影 同一 化 することで 始 まり、母親のもの想いやアル フ ァ機 能 がそれらを 考 えることの できる 考 え、感情、 夢 、 記 憶 へと 変 形する。そうしたコ ミュニ ケ ー シ ョ ンを通して、「乳 児が自分自身の 内 的なコン テ イ ナ ー対象へと 投 影 することによって、自身のアル フ ァ機 能 を用いて自分で 考 え 始 める」 (Grotstein, 2005, p. 105) に つ れて、乳児のアル フ ァ機 能 は 成 熟する。 発達 的そして 臨床 的には、コン テ イ ナ ー / コン テ イン ド の 機 能 は、 2 人の 参与者 間で対話的に 反転 する。 Grotstein (2005) の見 解 では、「乳児 - 母親 - 投 影 - コン テ イ ナ ーのチ ーム」は、それ 以 上 削 ることのできない 二者 モ デ ルを表しており、そうすると、 投 影 と 取 り入れそして / あるいは 投 影 同一 化 に 基づ くそれまでの一 者 モ デ ルは、 失 敗 したコン テ イ となるのかもしれない。その 臨床版 においては、コン テ イ ナ ー / コン テ イン ド という 二者 モ デ ルは、 被 分 析者 に 焦 点づ けられたままであるものの、分 析 家 の存 在 や 活 動を 含 む 。この 相互 交流の分 析場面 が、 ひ とた び こうして 二者 間の三 次 元的な 光 景 へと広 げ られると、間 主 体的な 視点 (「 頂 点 」)が 探 究 されうる。コン テ インメントは いまや、あらゆる 転移 / 逆転移 現象とまでは言わないまでも、その 多 くを 増 大さ せ ると見 なされ、 2 人の間の 潜 在 的な 絆 (「 隠 れた 秩序 」)となるであろう (Grotstein, 2011b) 。 きわめて 理論 的な 旅路 の 幾 つ かにおいて、 Bion (1965, 1970, 1992) はコン テ インメント という自身の 概念 を、プ ラ トンのイ デ ア的形 相 やカントのもの自体と結 び 付 けている。こ こでは 投 影 する 主 体は、一連の L 、 H 、 K を 伴 うコン テ イ ナ ー / コン テ イン ド の 特 定の 類 似 物を 活 性 化 するのであるが、それらは、対 応 するイ デ ア的形 相 ともの自体という元々そ こにあった 普遍 的状 態 の中に 潜 在 していたものなのである。 ンメントの 帰 結の 既 定 値 デフォルト

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Ⅳ . Bion 以 降 の 発展

Bion 以 降 の 精神 分 析 家 達 は、コン テ イ ナ ー - コン テ イン ド の モ デ ルの 様 々な 側 面 に つ いて 議 論 し、 詳 述 し、さらに 発展 さ せ てきた。そのような 詳 述 とさらなる 発展 の 例 はいく つ かの 精神 分 析 の地域に 渡 って世 界 的に広がっており、 以 下の通りである。 英 国 では Ronald Britton(1998) が、いかに言葉が情緒的体 験 のコン テ イ ナ ーを 提供 し、そ の 周 りに「意味の境 界 」を 創 造 する一方で、分 析 状況そのものが「境 界 のある世 界 」と意味 が見出される 場 所 を 提供 するかを強 調 している。 彼 はコン テ イ ナ ー - コン テ イン ド の 相互 に 破壊 的な関係、「 悪 性のコン テ インメント」に つ いて 詳 述 してもいる。そこでは 新 しい 考 え の導入に 直面 した 主 体は 2 つ の( 破 局 的な) 選択肢 、「 幽閉 か 断 片 化 か」しか想 像 できない のだ。 Betty Joseph の 著作 は、 心 的 平 衡 を 維 持 するための 投 影 同一 化 のコ ミュニ ケ ー シ ョ ンの 側 面 と、この 過 程がコン テ インされた 場 合に 心 的 変 化 へと 至 る 可 能 性を強 調 している (Joseph, 1989) 。 James Grotstein (1981, 2005) 、 Robert Caper (1999) 、 Thomas Ogden (2004) らの北アメ リカの分 析 家 達 も、この 概念 への 多 大な 貢献 をしてきた。 前 言語的な pre-lexical コン テ イ ナ ー / コン テ イン ド のコ ミュニ ケ ー シ ョ ン 内 の 伝 達 の 過 程を 明 記 し、 Grotstein は「 投 影超 同一 化 projective transidentification 」の 概念 を 発展 さ せ た:「そのようにして、分 析 家が 被 分 析者 の ・・・ 体 験 のコン テ イ ナ ーとして振る舞い、 ・・・ 被 分 析者 は自身から 痛 みを 取 り 除 き分 析 家に つ いての自身のイメー ジ を 操 作 することで分 析 家のなかにこの状 態 を 引き 起 こす ことを望みながら、 無 意 識 的に自身の情緒的状 態 を分 析 家に つ いての自身の イメー ジ のなかに 投 影 的に同一 化 する ・・・ 。分 析 家は、この共同 任 務 における 有 用な共同 参加者 に なる つ もりであり、 開 かれて受容的になる ・・・ 。これは 最終 的に 被 分 析者 の 投 影 による自 分自身のイメー ジ の、分 析 家の 逆 創 造 になる ・・・ 」 (Grotstein, 2005, p. 1064) 。 Caper は、 コン テ インメントの 主 要な要 素 は、 投 影 された部分に つ いて 考 え、それからそれをより対 処 しやすい形で 返 すことができるように、 投 影 された部分に対する現実的な 姿勢 を 保 つ ため に 投 影 を受容する対象の 能 力も 含 む と強 調 している。 彼 はこれに つ いて、 患 者 の自 己 愛 narcissism を 支 持 することを 主 な 目 的としたものである 単 なる 抱 えることを 超 えたものと して 理解 している。 Thomas Ogden の 著作 は 投 影 同一 化 に 巻 き 込 まれている 相互 に交流す る 主 体に 焦 点 を 当 てている。コン テ イ ナ ー - コン テ イン ド の モ デ ルは、 今 では クラ イン派の 中だけでなくその 外 においても広く受け入れられている。とりわけ、 Arnold Modell (1989) は、全体としての 精神 分 析 設 定のコン テ インする 機 能 を強 調 しており、そして Judith Mitrani (1999, 2001) は、 様 々な 発達 的そして( 精神 )身体的状 態 にとっての、 転移 - 逆転移 のパ ラ ダ イムの 内 部におけるコン テ インする分 析 家の 機 能 の 重 要性を 詳 述 している。

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Louis Brunet (2010) による現代の フラ ン ス 系 カ ナ ダ圏 の モ デ ルは、この 主 題 に つ いての 「後 期 ビ オ ン派」 (Grotstein, 2005) と フラ ン ス の 思 索 の 統 合の一 例 であり、この 概念 の 特異 的な 臨床 的 解 釈 を 提供 している。ここでは、コン テ インメントは「 空 想的 fantasmatic 」と 「現実的」の 両 方の 側 面 を 持 ち、合わ せ て 理解 される 必 要がある。 患 者 と分 析 家の 両 方のこ ころのなかには 精神内界 的およ び 「 空 想的」な 側 面 があり、そして分 析 家や対象からの「現 実的」な 反 応 がある。 以 下は、 十 分にコン テ インする 反 応 に 至 るための 5 段階 を要 約 した分 類 である: 1. その 開 始 点 は、 破壊 することのできない 潜 在 的な対象の存 在 に つ いての 患 者 の 無 意 識 的 空 想と関連した 患 者 の 投 影 同一 化 (分 析 家のなかに 排泄 / 投 影 された 苦痛 な 内 容)で 構成 されるかもしれない。その 破壊 することのできない対象は、それらの 危険 な 投 影 を「コ ン テ インする」ことができるであろう対象であり、そしてその子どもに( 患 者 に)この 内 容の「 耐 えられる」「 統 合できる」 バ ー ジョ ンを 返 すかもしれない ; 2. この 最初 の「 精神内界 の」動きに 続 いて、 患 者 もしくは子どもは、イン フラ 言語的 infra- verbal 【 訳 注 : 非 言語的に 伝 わるもの 】 およ び 言語的なコ ミュニ ケ ー シ ョ ン、 態 度、振 る舞いを 加 え、それらは 主 体(分 析 家、親)に対する情緒的な 誘 発 として 作 用する。こ れらの 誘 発 は、 投 影 されたものを分 析 家に感じさ せ て 取 り入れさ せ るために「分 析 家に 接 触 」しようとする 試 みである (Grotstein, 2005 を 参 照 ); 3. 「現実の」対象 ― 母親、分 析 家 ― は、接 触 され、 印 象 づ けられ、動かされ、 攻撃 され、実 に 患 者 / 子どもからの 蒼 古 的な要 素 の 転移 によって 必 要とされるあらゆるやり方で使用 される 準備 ができている 必 要がある ; 4. 母親、分 析 家は、いくらか意 識 的にだが 主 には 無 意 識 的に、同一 化 を通して情緒を感じ る。そのような同一 化 と分 析 家 / 母親自身の「 触 発 された」 不安 と 葛藤 の 混 合は、 混 合物 としての自 己 - 対象を 創 り出す。 De M’Uzan (1994) は キ メ ラ 【 訳 注 : ギ リ シ ア 神 話に 登 場 する ラ イ オ ンの 頭 と 山 羊 の 胴 体と 毒蛇 の 尻尾 を 持 つ 怪 物。 異質 同体の意 】 の 概念 を用 いてこの 側 面 を 研究 している ; 5. この キ メ ラ は分 析 家によって「 理解 され 変 形され」なくてはいけない。この 作 業 は 患 者 / 子どもの 投 影 と、その 投 影 によって動かされた分 析 家 / 母親自身の 葛藤 と情動の 両 方の 「 心 的 消 化 」として見なされるかもしれない。分 析 家はそれから「 消 化 できる 内 容」を 返 さなくてはいけないが、それには 患 者 に 逆 - 投 影 同一 化 を 送 り 返 してしまう 危険 があ る。

中南米では、 Cassorla (2013) が 慢 性的なエ ナ ク トメント(エ ナ ク トメントの 別項 を 参 照 )

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の文 脈 における、コン テ インし象 徴化 する分 析 家の 機 能 に つ いて 詳 述 している。 彼 は、 慢 性 的なエ ナ ク トメントの間に分 析 家が使用する 暗 黙 のコン テ インし象 徴化 するアル フ ァ機 能 の 産 物としての象 徴化 する 能 力に つ いて 書 いている。この文 脈 のなかでは、分 析 家の 暗 黙 の アル フ ァ機 能 は、分 析 過 程を 侵食 している 妨 害 的な動きに 持 ちこたえる(コン テ インする) 分 析 家の 能 力であるが、そのような動きが 被 分 析者 によって意味のあるものとして体 験 さ れるようになるために、生 起 していることを 理解 しようとする 新 しいアプローチの 追 求を 諦 めることなく、分 析 家は 今 後(エ ナ ク トメントの) 解 釈 をする べ く 準備 するのである。

Ⅴ . 関連する 概念

コン テ イ ナ ー / コン テ イン ド の モ デ ルは、その 他 のこころの「 空 間」の 概念 と 並 行して 発 展 してきた。それらは 考 えること / 象 徴化 すること / メンタ ラ イ ズ することの 能 力を 発展 さ せ るための母親の 機 能 を 内在化 する 必 要性に 焦 点 を 当 てている。 コン テ インメントは 抱 えること (Winnicott, 1960) とは 区別 されなけれ ば ならない。 D.W. Winnicott の 抱 えることの 概念 は、コン テ インメントの 概念 と同じく、乳児を母親から 独立 したものとして 理解 することはできないことや、母親の「 抱 える」 機 能 の 内在化 が 精神 の 発 達 に 必 要なことを 伝 えている。しかしながら、 抱 えることは、乳児の ニ ー ズ への 高 まった 心 的感受性、そして、身体的に 抱 えることおよ び 全体的な環境の 提供 、の 両 方を 含 んだより広 範 な用語である (Winnicott, 1960) 。一方で、コン テ インメントは対象の 側 のさらに 積極 的な 精神内界 的な関わりを意味し、より対象のパー ソ ナ リ ティ に 基づ いている。 Esther Bick (1968) 、 Donald Meltzer(1975) 、 Didier Anzieu(1989) は、 少 し 違 ったやり方 で、コン テ インする 機 能 を 持 つ 皮膚 自 我 の 発達 を 概念化 している。 André Green(1999) は、 象 徴化 のための 内 的 空 間を 創 造 するための母親 機 能 の 陰 性 幻 覚 の 必 要性に つ いて 書 いてい る。これらの分 析 家たちは、 心 的 空 間がまだ 達成 されていないと想定される状 態 や、一 次 的 そして 付 着同一 化 といった関係することに つ いての 他 の 原 始 的な方法( 投 影 同一 化以前 の) へも 注 目 を 促 しているという 点 で、 Bion とは 異 なっている。

Ⅵ . 現 在 の使用法と結 論

コン テ イ ナ ー - コン テ イン ド の モ デ ルは現代の 精神 分 析 において広く 応 用されている。 精 神 分 析臨床 においては、コン テ インする 機 能 は 理論 的 志向 に関わらず現代の 精神 分 析 家の

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大 多 数 によって 非 常に 重 要であると 考 えられている。この用語は 投 影 同一 化 の 過 程を 理解 するためだけでなく、 外 傷 およ び / もしくは未分 化 な 心 的状 態 のために 過 剰 な 緊 張 / 情緒に 支 配 された 心 的状 態 を 扱 う際にも 適 用できる。 今 日では、 多 くの分 析 家が、母親のもの想いや アル フ ァ機 能 だけでなく、 父 親 機 能 の 内在化 の 重 要性も強 調 するだろう。 つ まり、 父 親の母 親との つ ながりによって、母親が バ ラ ン ス の 取 れた 精神 状 態 を 維 持 することを 可 能 にして おり、母親は乳児の ニ ー ズ に関 心 を 払 いながらも同時に三 角 空 間の存 在 を受け入れるのだ。 Bion のコン テ インメントの 理論 は 治療 効 果 に つ いての 新 たな 論 拠 を 提供 する。それは 知 ることの情緒的体 験 に 基づ いた 考 えることの 理論 であり、 彼 はそれを「 K 」と 呼 ぶ 。 Bion は 治療 的 邂逅 における 真 実を 探 求しており、 彼 にとっては 食 物が身体に 必 須 なのと同 様 に 真 実はこころに 必 須 なのだ。 技 法の 点 では、 心 的 変 化 をもたらすために「コン テ インメント」 の 心 的 作 業 を要するであろう 患 者 からの 持 ち 込 みに関して、 セ ッ シ ョ ン中に分 析 家を方 向 付 けることに 役 立つ 。

以 下も 参 照 のこと:

エ ナ ク トメント

投 影 同一 化 (近日 掲載予 定)

参考 文 献

Anzieu, D. (1989). The Skin Ego . New Haven: Yale University Press. 福田 素 子 訳 ( 1993 ): 皮膚 - 自 我 . 言 叢 社 , 東 京 Auchincloss, E. and Samberg, E. (Eds.) (2012). Psychoanalytic Terms and Concepts . New Haven: Yale University Press. Bick, E. (1968). The Experience of the Skin in Early Object Relations. Int. J. Psycho- Anal., 49: 484-486. 古 賀 靖彦 訳 松 木 邦裕 監 訳 ( 1993 ): 早 期 対象関係における 皮膚 の体 験 . 岩崎 学 術 出 版社 , 東 京 Bion W.R. (1959). Attacks on linking. International Journal of Psychoanalysis 30:308-15, 1959, republished in Bion, W.R. (1967). Second Thoughts . Heinemann, 1967, pp 93-109. 中 川 慎 一 郎訳 、 松 木 邦裕 監 訳 ( 2007 ):連結することへの 攻撃 . 再 考 : 精神 病 の 精神 分 析論 . 金剛 出 版 , 東 京

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各 地域の 顧問 と 貢献 者

ヨーロッパ : Sølvi Kristiansen, Cand. Psychol.; and Dimitris-James Jackson, MD

中南米 : Vera Regina, J.R.M. Fonseca, MD, PhD; João Carlos Braga, MD, PhD; Antonio Carlos Eva, MD, PhD; Cecil Rezze, MD; and Ana ClaraD. Gavião, PhD

北米 : Louis Brunet, PhD; Eve Caligor, MD; James Grotstein, MD; Takayuki Kinugasa, MD; Judith Mitrani, PhD; and Leigh Tobias, PhD

地域間連携共同議長 : Eva D. Papiasvili, PhD, ABPP

追 加 英 語 編集 補 助 : Leigh Tobias, PhD

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国 際 精神 分 析学会 地域間 精神 分 析 百 科 事 典( The IPA Inter-Regional Encyclopedic Dictionary of Psychoanalysis )は、 ク リエイ ティブ・ コ モ ン ズ ・ラ イ セ ン ス CC-BY-NC- ND が 付 けられて出 版 許可 されています。中 核 的権利は 著者 ら( IPA と IPA 会 員 寄 稿 者 ) にありますが、 非 営 利的使用、全出典が IPA (この URL www.ipa.world/IPA/Encyclopedic_Dictionary の 参 照 も 含 みます)にあること、 模倣 や 編 集 やリ ミ ッ クス の形 式 でなく 逐 語的 複 製 であること、などの 条件 で 他 者 も 素 材 を使用する ことができます。 各 用語に つ いてはこちらを ク リッ ク してください。

訳 出: 清 野 百 合、 原 田康平 ( 訳 )、 吾 妻壮 ( 監 訳 )

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逆転移

三地域エントリー

地域間コンサルタント: Anna Ursula Dreher ( ヨーロッパ ), Adrian Grinspon ( 中南米 ), and Adrienne Harris ( 北米 ) 連携共同議長 : Eva D. Papiasvili ( 北米 )

Ⅰ . 序 論 そして手引きとしての定義

逆転移 は 精神 分 析 の中で 最 も 変 化 し、また 変 化 し つつ ある 概念 の一 つ だ。 逆転移 には 歴史 的、 理論 的、実 証 的、そして 経験 的に 取 り 組む 必 要がある。 今 日では、この 概念 は 極 めて広 範 に わたる分 析 状況での分 析 家の 患 者 に対する(意 識 的 無 意 識 的な)感 覚 や 思 考 、 態 度を意味す る。 最 も広い意味では、それは 患 者 に つ いての、あるいは 患 者 に対する分 析 家の感 覚 や 思 考 、 態 度の 総 体を表している。 最 も 狭 いと、 逆転移 は 非 常に 特異 で ほ とんど 無 意 識 的な 患 者 の 転 移 への ― 文字通り 患 者 の 転移 に 対する ― 反 応 を表している。 精神 分 析 における 最 も入り 組 ん だ、 複雑 に 発展 し つつ ある 概念 の一 つ であるこの 概念 は、 今 日の一連の 国 際的な動 向 を 超 え た 多 くの意味を 持 つ に 至 っているが、 逆転移 の 経験 は、 有 効 性と 危険 性の 両 方の 可 能 性を 有 していると一般に認められている。 転移 ‐ 逆転移マ トリッ クス のなくてはならない一部と して、 逆転移 概念 は 精神 分 析 の 不 可 欠 で、もし 多 岐 に広がる方 向 で 概念化 されるなら、 相互 作 用的 次 元を表す。 今 日のヨーロッパと北アメリカの 精神 分 析 の 辞 典( Auchincloss, 2012; Skelton, 2006 )に 基づ いて 推 定し 展開 さ せ て、 臨床 的な現象としての 逆転移 の 経験 は、 精神 分 析 状況にある 多 様 な出 所 より生じるもので、 患 者 と分 析 家の 内 側 within と間 between の 様 々に 概念化 され た 過 程とメカ ニズ ムによって 伝 えられるものであり、その現象 学 には 以 下のものを 含 める ことができる。

l 患 者 の 素 材 に 反 応 しての分 析 家の 意 識 的な感 覚 あるいは 考 え 。

l セ ッ シ ョ ンの中か後で分 析 家が 示 されたことに対する 真 剣 な自 己 分 析 と共に想 起 する あるいは( 再 ) 構成 する 無 意 識 の感 覚 あるいは連想。このことは、分 析 状況の全体性に 対する 反 応 としての分 析 家の 精神内界 的 経験 はもちろん、 患 者 の 転移 への分 析 家の 反 応 、分 析 家自身の 転移 、あるいはやり 取 りの 何 らかの要 素 や 特徴 を 含 む 。

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l 分 析 家の自 我理 想と 葛藤 を生じるような 無 意 識 の感 覚 あるいは 考 えで、分 析 家の感受 性や自 己 ‐ 内 省 / 自 己 ‐ 分 析 する 機 能 を 妨 げ 、 患 者 の分 析 、あるいは 次 第 に強まる分 析 家の 逆 ‐ 抵抗 の 高 まりの分 析 を 妨 げ る 様 々に 概念化 された 盲 点 を引き 起 こす。 l 一時的な 問 題 / 現象というよりも分 析 家のある状 態 、したがって分 析 家の自 我 が 今 まさ にそこにおいて 知覚 し、 思 考 し、感じるような 逆転移 ポ ジ シ ョ ン 。そのような 内 的な状 態 / ポ ジ シ ョ ン / 態 度が行 為 に 転 じないで「 誘 発 された」と体 験 する程度に 応 じて、それ は 様 々に 概念化 されてきた「 投 影 同一 化 」そして / あるいは「 役割 応 答 性」を 含 む だろ う。 l エ ナ ク トメント、もし 解決 されていない 逆転移 が行 為 として 排 出されるなら ば 。そのよ うな現象の 有 用性と 必 然 性に つ いては 幅 広い議 論 がある。現代の 多 くの 著者 は、 他 の方 法によってはア ク セ ス することのできない( 蒼 古 的で 十 分には象 徴化 されていない) 無 意 識 的 素 材 の現れを 許 容するものとしての 逆転移 エ ナ ク トメントという 視点 を 推 し 進 めている。もしそれらの 素 材 が 理解 され 解 釈 されるなら、分 析 的な ペ アが 新 たな意味を 発 見する 機 会 を 作 るだろう。ア ク セ ス することのできない 無 意 識 的 素 材 が 患 者 の(いか にかすであろうとも)行 為 により 無 意 識 的に 喚 起 され / 誘 発 され / 吹 き 込 まれると体 験 さ れる程度に 応 じて、エ ナ ク トメントはさま ざ まに 概念化 された 投 影 同一 化 や 役割 応 答 性を 含 み、さらには 逆転移 ポ ジ シ ョ ンあるいは状 態 の 段階 的拡大となるだろう(エ ナ ク トメントの 項目 を見よ)。 現 在 の中南米の 事 典( Borenszejn, 2014 )は、上に 述べ た 臨床 的 概念 の 多様 性を 幅 広い要 約 の中で 叙 述 している。その 幅 は、 被 分 析者 に対する 心理学 的な 反 応 として分 析 家の中に現 れることがらす べ て を 含 む逆転移 から、 被 分 析者 の分 析者 との関係における 幼 児的で 不 合 理 で 無 意 識 的 なことがらを表す用語としての 逆転移 にまで広がっている。 全般的に言え ば今 日では 3 つ の大 陸 文 化 全てを 越 えて、 逆転移 と 転移 は 不 断 の 相互作 用 ― 転移 は 逆転移 を 誘 発 しその 反 対もある ― にある「 双 子」のような 概念 とみなさなくてはな らない という意見の一 致 がある。それらは分 析 的な関係の中 心 的な 次 元を 描写 する。 転移 は 分 析 家との関係における 患 者 の 精神 的な 過 程に 焦 点 を 当 て、 逆転移 は 患 者 との関係におけ る分 析 家のそれに 焦 点 を 当 てる。 精神 分 析 の 歴史 を通じて 逆転移 への 臨床 的な関 心 は一 貫 して強まっている。 当初逆転移 は、 転移 と同じく 治療 の 妨 げ とみなされた。後には 今 日に 至 るまで、関わりあう 二 人の 無 意 識 に 至 る「 王 道 」のようなものとして広く 理解 され つつ ある。 このエントリーでは、まずは 精神 分 析理論 の 進展 と 概念 的 枠 組 みの 展開 の中での 逆転移 の 多様 な意味の 発展 を 追 い、エントリーのまとめでは 逆転移 の分 類 を 試 みる。全体を通じて この 概念 の 進展 が世 界 的な 特徴 であることに 注 目 する。

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